入れ歯と歩行運動のつながり

入れ歯で噛み合わせが正しく修復されると、外出時に常時持ち歩いていた杖や、膝のサポーターの必要がなくなったり、歩行状態までも改善される患者様もいます。噛み合わせというのは身体の平衡感覚の機能にまで影響を与えているのです。それがどのようなメカニズムで関与しているかは、まだはっきりと解明されてはいませんが、次のようなことが推測されています。

入れ歯の噛み合わせが正しくなかったり、入れ歯を入れていないために、下顎が不安定になると、下顎が通常ある位置からズレてしまいます。このズレが下顎を動かしている筋肉に作用し、異常な動きを引き起こしてしまいます。下顎の筋肉は、下顎と頭頸部(頭と首)の間に張っているので、それが異常な働きをすると、頭がかたむくことになってしまいます。この頭のかたむきが、頭を支えている筋肉やその神経に負担を与え、さらに姿勢を保つ全身の筋肉にまで影響を及ぼし、身体のバランスが崩れやすくなります。

日常生活の基本動作は歩行です。歩行動作は立っているだけの状態とくらべて不安定であり、重心バランスの喪失と回復の繰り返しととらえることができます。片足を振り出しているあいだに身体の重心移動をコントロールしますので、片足立ちをバランスよく保てれば、リズミカルに歩くことができます。しかし歯が抜けた状態のままでは、これらを普通にすることが不可能になっていくのです。しかし、入れ歯を入れたことによって歩行速度が速くなったり、補幅が広がったり、歩行リズムが安定したりするのです。これは歯を失ったことでずれてしまっていたあごの位置が、入れ歯を入れたことで、もともとあった位置に適切に保たれ、身体のバランスが回復したのです。

高齢者の場合、身体のバランスに障害がでると、日常生活に大きく影響します。入れ歯を外していると身体のゆらぎ(重心動揺軌跡距離)が大きくなり、姿勢制御が低下し「転倒」しやすくなります。特に75歳以上の高齢者では、不慮の事故による死因の三分の二以上が転倒によるもので、その転倒の半分以上は歩行中に起こっていると報告があります。これらのことをふまえても、よい入れ歯を入れることで、歯があったときの身体バランスを取り戻し、転倒の危険を少しでも減らしたいものです。